万願寺とうがらし

「万願寺甘とう」への道⑥高くてあきらめた品種登録(万願寺とうがらし10)

この記事では、「万願寺甘とう」の名称ができるまでの動きを紹介します。

え?登録できるんですか

 少しずつでしたが「万願寺とうがらし」の認知度が上がっていきました。そうなると心配なのが「よその県に目をつけられる」ことでしたが、今のところ市販種子で手に入るのは「細長いピーマン」みたいなものです。これにはピーマン臭があるため「万願寺とうがらし」とは比較になりませんから負けないはずでした。

 また他県が種子を手に入れようとしても「京都府が種を独占」していますし、青果の未熟果からでは採種できないことも強みでした。
 ところが、ちょっと詳しい研究者なら「未熟種子でも薬剤処理すれば発芽可能」なんてことは知っているはずです。たぶんモラルや仁義だけで抑えていたと思います。

 しかし、他県がなんらかの手を打ってくるのは目に見えています。そんな時、この状況に危機感をもった舞鶴のJAと農家から研究機関に対し要望が出てきました。
 「品種登録できませんか」

 気持ちは理解できますが「育種したわけでもない地方品種に品種登録は無理」が常識だと思われました。でも聞いてみるのはタダなので国に質問したところ
 「できますよ」

 なんと「地方品種は狭い地域で系統選抜されてきた固定品種」なのでOKとのこと。もっとも「そんなことは聞かれたことがない」ので今考えた感がありましたが。何ごとも最初にやったものが有利なのですね。
 なお今では、地方品種の品種登録は「もちろんダメ」です。かわりに「地理的表示(GI)保護制度」ができています。

 そんなこんなで「品種登録」に向けた動きがはじまりました。これがうまくいけば他の伝統野菜も「品種登録」できるわけです。これは京野菜の戦略にとってものすごい力になる出来事でした。

品種登録に向け特性調査が始まる

 まずしなければならないことは、試験圃場で栽培し「品種としての特性を明確にする」ことです。この調査で既存品種と似すぎていたら落第となります。もっとも「京の伝統野菜」なのであまり心配はありませんでした。

 しかし京都府が入れたい記述があり、それは「果形の明確化」でした。当時は長さには決まりがありましたが形は「わしの形が一番」だったため、流通段階では農家ごとの違いが疑問視されていたからです。(ある農家は「少々辛いのが旨いんだ」と言いだしましたが、さすがにこれはダメですから特性表には「辛味を感じない」と記述されました)

 全国区をねらおうという野菜がこれでは困るので、今回の「品種登録」を機会に「良い果形を明確にしたい」と考え、JAや農家に意見を求めました。
 その結果、ヘタ下のクビレに一番こだわりがあり「クビレは代名詞だから深く、1回以上クビレてほしい」&「袋や箱におさまりやすいよう真っ直ぐに」となりました。
 そこで研究機関では「品種登録」にあわせて、収集したたくさんの系統を交配し「品種登録用の優良系統=今後の秀品果形基準」の選抜を行いました。
 そしてできたのが「深いクビレが1.5回あり、一直線にピンと真っ直ぐ」の系統でした。

 さっそく農家に見せたところ主に2つの感想が出ました。
 1つ目は「クビレが深いと種が取りにくい」といきなり消費者目線に変わり「クビレは必要だけど浅く」でした。
 2つ目は「真っ直ぐすぎて不自然との意見が大勢を占めました。ではどうしろというのかというと「ちょっと曲げてほしい」と言われました。

 苦労が台無しな気もしますが、みなさん真剣に前向きに果形を決めようとしているので、再度選抜をかけることになりました。
 そしてようやく出来上がった優良系統の果形は「浅めのクビレが1.5回あり、先端まで滑らかなカーブを描く」となり、今後はこの果形を「秀」の基準とすることが決まりました。

 余談ですが、この選抜過程で面白い果形が現れました。それは「クビレが目立たず、先が尖らなくてシシトウのように丸い」系統でした。もちろんこんなのは即没ですが、一応舞鶴の農家に欲しいかどうか聞きました。
 「いりません」

 ところが、引き取り手があらわれます。京都市山科区の農家から直売用に作ってみたいとのこと。そしてどういう手続きでうまくいったのかはわかりませんが栽培が始まり、つけた名前が「山科とうがらし」でした。
 このトウガラシはもう出まわっていませんが、同じ名前のトウガラシが新たに伝統野菜として販売されています。なぜ伝統野菜と言えるのかというと「京の伝統野菜」のひとつ「田中とうがらし」の栽培が左京区田中地区から山科区に移ったことでつけられた名称だからです。ですからパチモン万願寺とは別物です。

ごめん、高いのでこっちにします

 果形が一本化できたことで、あとは粛々と特性調査が進められていきましたが、来年は申請できるところまで来た時に待ったがかかりました。
 「登録料が高いので、安い方の商標登録に変更します」
 
 高いっていまさらですか。まあ現地が言うのでしかたないですが、これまでの仕事がぱあになりました。でも疑問があります。
 それは「万願寺とうがらし」は舞鶴市内では一般的に使われている名称ですから「商標登録」できるのかということです。しかし良い策があるようです。
 「トウガラシでは辛そうなので甘さをアピールした<万願寺甘とう>とします」

*参考「商標登録第5150710号 万願寺甘とう(まんがんじあまとう)」特許庁 地域団体商標登録案件一覧

 というわけで「万願寺甘とう」が誕生し、この名称はJA舞鶴から出荷されるものだけが使用できることになりました。
 ただし現在は「京のふるさと産品協会」の意向により「中丹地域(JAにのくに管内)」へと産地が拡大しています。JAにのくには中丹の農協が合併してできたものです。またカッコ書きがあるのは福知山市内にはJA京都の地域があるからです。

 なお「品種登録」しなかったことで、様々な種苗会社から「万願寺とうがらし」の名称で種子や苗が販売されています。そのため府内の他地域から「万願寺とうがらし」が出荷されていますが、「京のブランド産品」はJAにのくにから出荷される「万願寺甘とう」だけです。(このへんはややこしいので別記事で紹介したいと思います)

遅れてしまった果形の一本化

 「品種登録」なら「登録された果形」が出荷規格を決めるのに対し、「商標登録」は「従来の出荷規格」できまるため「わしの形が一番ルール」が生き残ることとなってしまいました。

 後年1億円産地達成を機会に再度「果形の一本化」を検討する場がもたれた時、15種類の果形を見せて選挙を行ったところ、ダントツの得票果形は「クビレなく太くて短く真っ直ぐ」というものでした。
 この果形は、現在よく見かける「ピーマンをかけ合わせた大きく長いトウガラシ品種」に近いものです。産地拡大の過程で新規栽培農家が増えたことで「伝統的な果形が尊重されなくなっていた」のです。
 この問題が解決するのは「共同選果場」が建設されるまで待たなければなりませんでした。そこで働く「パートさんが仕分けするとき絶対必要」ですから。

まとめ

 「万願寺とうがらし」の名称で「品種登録」できることがわかり、書類提出に必要な特性調査などが開始されましたが、出願直前になって「商標登録」へ変更することとなり、このとき「万願寺甘とう」の名称が誕生しました。「甘とう」に変更されたのは「トウガラシでは辛いイメージがある」からです。

The path to “Manganji Amato” (6): Gave up on variety registration—it was too expensive. (Manganji tōgarashi 10)

It was discovered that the name “Manganji Togarashi” could be registered as a plant variety, and the necessary characteristic investigations for document submission began. However, just before the application was submitted, the decision was made to change it to a trademark registration instead, and this is when the name “Manganji Amato” was born. The name was changed to “Amato” because “Togarashi” (chili pepper) tends to have a spicy image.