この記事では、ブランド京野菜「万願寺甘とう」はなぜ辛味がないのかについて説明します。(万願寺とうがらし17)

「在来優良系統」は時々辛味あり
まだ産地が舞鶴市だけだった頃に使用されていたのは「在来優良系統」です。舞鶴市から予算が出たため、JAの育苗ハウスを使い毎年採種が行われていました。(これはすごいことで、予算化していたのは全国でも京都市と舞鶴市だけでした)
採取方法は、ただ単に「実を赤くして種を取る」のではなく、不良株を抜き取る「系統選抜」です。選抜項目で最も重視されたのが「辛味果が出た株は早期に抜き取る」ことで、そのかいあって辛味果の発生を最小限に抑え込むことができていました。
この辛味株抜き取りには大変苦労あったようです。なにしろ辛味果は「なめて審査」していたからです。
審査員は、果実のヘタ近くを切除し切り口を舌でなめて判定しましたが、辛味果に当たるとなめた場所がしびれて使い物にならなくなります。なめる舌の場所は3か所(舌の先・右・左)だったので3回辛味果に当たるとお役御免となりました。
「辛いくらいが美味しい」という農家もいましたが、登録商標を「万願寺甘とう」としてからは小声になっていきました。「甘」の文字を入れてしまいましたからね。
「京都万願寺1号」は辛味を感じない
産地が大きくなり生産量が増えてくると、辛味果が大きな障害となりました。在来優良系統は辛味果がほとんど出ませんが「まったく出ないわけではない」ので2つの障害を生んだのです。
1つ目は、買い手が躊躇することです。
出れ日で紹介されるなど名前が知られてくると、普通の買い物客が手に取る機会が増えます。しかし、子供を持つ若い奥様はなかなか買ってくれませんでした。
理由は「もし子供が辛味果を食べたら大変」だからです。辛味果の発生をゼロにしないと、大口の客層が買わないままとなってしまいます。
2つ目は、加工品が作れないことです。
いくら頑張って栽培しても「秀」や「優」ばかり取れるわけではありません。どうしても大きく曲がった「規格外品」が出てくるので、自家用や親せき用になっていました。
しかし生産量が増えると、この「規格外品」も増加するため、加工品を考えなくてはいけません。かやぶきの里の近くにある加工会社から、ビン詰そうざいの話がきたのですが破断になりました。
理由は「1果でも辛味果が鍋に入ると全部辛くなる」からでした。辛味果の発生をゼロにしないと、規格外品の活用ができなくなってしまいます。
*参考「地域課題は地域住民で解決!「有限会社芦生の里」が届ける絶品ごはんのおとも」美山町観光情報サイト
そんな時、京都府の研究機関から朗報がもたらされました。「辛味はあるけど辛くない新品種」ができそうというのです。
ピーマンと違い、トウガラシに辛味が必ずあります。これを無くそうとしてピーマンと交配しようとすると、ピーマンの性質を多く持たせる必要があります。これが万願寺とうがらしの類似品種が売れにくい原因「ピーマン臭」につながってしまいます。
かといってトウガラシの性質を多くすると、どうしても辛味果発生の確立が残ってしまいます。
これを解決した新品種は、辛味が出るのはしょうがないので「人が感じないレベルに抑える」ようにバイオテクノロジーを使って改良したとのこと。「感じなければどうということはない」からです。
さっそく品種登録に向け舞鶴市の圃場で実証試験が行われ、念願の辛味果ゼロ品種「京都万願寺1号」ができありました。これで若奥様や加工会社にも買ってもらえます。
*参考「辛味果実の出にくい万願寺トウガラシ新品種候補「京都万願寺1号」」京都府生物資源研究センター、京都府農業総合研究所
しかも、新品種は「万願寺甘とう」専用という制限ももうけられたことで、農家のやる気に火がつき、JA合併後も市の枠を超え産地が拡大することにつながっています。
ただし栽培管理に注意が必要な品種でした。「盛夏期に赤い果実が鈴なり」になる性質を持っていたため、樹勢低下を防ぐ「摘果」などの管理作業を徹底する必要があったからです。
赤い果実は株の力を大きく奪うため、秋からの高単価シーズンに着果数が低下しもうけることができなくなってしまいます。
この性質への対応はただ1つ「赤くなってきた果実は即摘果」することです。農家には新品種使用条件として作業の徹底が求められました。
なお、これを逆手に取り「赤万願寺」と称してもうけようとした農家もありましたが、一部の買い手にちやほやされただけでした。もうける基本は長期取りですから、一時の高単価に目を奪われてはいけません。
「京都万願寺2号」は辛味がない
辛味果問題を解決したかに思えた「京都万願寺1号」でしたが、少ない確率ですが辛味が出ることがありました。完ぺきとはいかなかったのです。
この課題を解決するため、「京都万願寺1号」に対し再度育種が行われ育成されたのが「京都万願寺2号」です。
この新品種はDNAレベルでの改良が行われ「今度こそ辛味が出ない」性質をもたせることに成功しています。
*参考「辛味果実の発生しない甘トウガラシ新品種‘京都万願寺2号’の育成」京都府生物資源研究センター、京都府農林センター、京都府立農業大学校
「京都万願寺2号」は現在も活躍しており「万願寺甘とう」の4億円産地を支える大きな力となっています。
*参考「令和4年度内閣総理大臣賞受賞者受賞理由概要園芸部門「万願寺甘とう」の伝統を100年先へつなぐ」JA京都にのくに万願寺甘とう部会協議会
なお「京都産万願寺とうがらし」は、JAにのくに管内(舞鶴市・綾部市・福知山市の一部)の「万願寺甘とう」と、これ以外の地域から出てくる「万願寺とうがらし」に表記が分かれています。
これは品種登録の違いだけでなく、「万願寺甘とう」が使用する品種は「京都万願寺2号」だけですが、他の「万願寺とうがらし」では使用品種が「市販の在来系統的品種」という違いもあります。
もっと万願寺とうがらしの記事を読みたい方はこちら⇒summary article
まとめ
「万願寺甘とう」では「在来優良系統」を使用してきましたが、どうしても辛味果の発生をゼロにはできず、販路の大きな制限になっていました。そこで京都府が開発したのが「京都万願寺1号」で現在は「京都万願寺2号」にバージョンアップされています。この品種は「万願寺甘とう」だけが使用できる決まりとなっています。
Why isn’t Manganji Amato spicy? Yes, it’s not spicy at all. (Manganji Togarashi 17)
In the cultivation of “Manganji Amato,” traditional superior strains have been used. However, completely eliminating the occurrence of spicy fruits was impossible, which led to significant limitations in distribution channels. To address this, Kyoto Prefecture developed “Kyoto Manganji No. 1,” which has since been upgraded to “Kyoto Manganji No. 2.” This variety is designated exclusively for use in “Manganji Amato.”