辛味だいこん

京野菜【辛味だいこん】山から降りてきて巨大化、でも5cm

 大根なのに小蕪のような形の京野菜「辛味だいこん」を紹介します。山間部の焼き畑農業で作られていた小さな大根が、里に下りてきて巨大化しました。(辛味大根02)

もとは山間部の焼き畑農業で作られていた

 金閣寺の北西の山を一つ越えた所にある原谷(はらだに)地域が発祥の地なのではないかと言われています。というのは、「辛味だいこん」が昔は「原谷だいこん」と呼ばれていたからです。

 ただし、この地域は山に囲まれ隔離されたような高原地帯なので、施肥方法として焼き畑農業が行われており、現在のものより小さかったと伝わっています。
 現在の出荷規格が5cm前後なので、それより小さいということは二十日大根みたいな感じだったのでしょうか。

里に下りて神社のお土産に

 そして、江戸時代の明暦(1655年~1658年)のころに産地が移動します。
 原谷から山を北東方向に越えた鷹峯(たかがみね、大文字山の東)の地に移ったと言われています。ただし、当時は「鷹ヶ峰だいこん」と呼ばれていたようですが。

 なお、元禄から宝永の頃という説の方が一般的ですが、明暦に亡くなった人の書状に「見事な鷹ヶ峰大根」として出てくるので、明暦以前に鷹峯に移っていたのではないでしょうか。

 ただし、この来歴についてですが、もしかしたら、もっと昔までさかのぼれるかもしれません。

 というのは、京都市紫野にある今宮神社には「毎年11月1日の祭りに神前に供えられた」とか「あぶり餅と一緒に中風のまじないとして朝参り用お土産にされた」という話が伝わっているから。
 そして、この神社は、正暦(990年~994年)と長保(999年~1003年)の疫病流行を鎮めるため建立(創祀)されました。
 ということは、元禄以前から栽培され、奉納されていたのかもしれませんね。

*参考:今宮神社のホームページ

江戸時代は結構作られていた

 移ってきた鷹峯の地は京野菜の産地でしたから、施肥など栽培方法が改善され、二十日大根くらいの小ささだったものが、5cm以上まで太るようになりました。でも5cmです。
 なので、超小型の大根には違いありません。(なお採種のため収穫適期を過ぎて春まで栽培するともっと大きくなります、これは青味大根やうぐいす菜も同じ)

 食材としては小さいですが、都で薬味としての需要が結構あったのでしょうか。江戸時代には鷹峯の農家の多くが栽培していたようです。

 ところが明治以降はどんどん作り手が減少し、昭和初期には10戸程度になり、戦後は1戸がお得意様の蕎麦屋に出荷するのみとなってしまいました。

 しかし現在は、京都市の原種保存事業の支援により、数戸(7戸とも)が伝統を守ろうと栽培を続けておられます。

 また、京都府の研究機関でも昭和の時代に農収集を行っており、将来を見据えた貴重な遺伝資源として保存を行っています。

*:京の伝統野菜について・辛味だいこん(京都市情報館)
*:野菜研究の紹介(京都府農林センター栽培技術開発部)

Kyoto Vegetables – Karami Daikon: Growing Huge as It Comes Down from the Mountains — Yet Only 5 cm

Let me introduce Karami Daikon, a Kyoto heirloom radish that, despite being a daikon, has a shape resembling a small turnip. The tiny mountain-grown radishes once cultivated through slash-and-burn farming came down to the village—and there, they grew large.